「GR86バッテリーを交換 」鉛とリチウムのクランキング電圧をオシロスコープで比較「ZN8実測

Technical Report / Battery Analysis

エンジンをかける0.5秒で、
バッテリーの差がわかった。

オシロスコープによる実測データをもとに、鉛バッテリーとリチウムバッテリーのクランキング時電圧挙動を比較する

2025.03.12  |  IWATSU DS-5105B による実測
検証車両Toyota GR86 ZN8
🔋 鉛バッテリー純正 55D23R
⚡ リチウムバッテリーEVOTEC EV-70D23R2
00 はじめに

車のエンジンをかける瞬間、バッテリーはセルモーターへ向けて一瞬だけ非常に大きな電流を送り出します。この瞬間を「クランキング」と呼びます。

今回は同一車両に対し、鉛バッテリーリチウムバッテリーをそれぞれ搭載した状態で、オシロスコープ(電圧波形を記録する計測器)を用いてクランキング時の電圧挙動を実測・比較しました。

なぜ電圧に注目するのか クランキング中に電圧が大きく落ちると、ECUやABS・エアバッグなど車の電子制御部品が誤作動・リセットするリスクがあります。「電圧の落ち幅がどれだけ小さく抑えられるか」が、バッテリー性能を評価するうえで非常に重要な指標です。
01 実測結果
測定項目 🔋 鉛バッテリー ⚡ リチウムバッテリー
クランキング前の電圧12.4V13.2V
クランキング中の最低電圧7.2V9.4V
電圧の降下幅▼ 5.2V▼ 3.8V
クランキング直後の電圧11.4V(回復に時間がかかる)13.6V(即時回復)
充電後の安定電圧13.6V13.6V
9V以上を維持できたか❌ 維持できず✅ 維持
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クランキング中の最低電圧(12Vを基準として視覚化)

🔋 鉛バッテリー ― 7.2V
7.2V
⚡ リチウムバッテリー ― 9.4V
9.4V
波形の特徴的な違い

鉛バッテリーはクランキング時に電圧が深く落ち込み(7.2V)、その後もすぐには回復せず11.4Vに留まる時間帯が確認されました。オルタネーターが充電を開始しても、内部抵抗の高い鉛バッテリーが電圧を引っ張り下げているためです。最終的に13.6Vへ到達するまでにタイムラグが生じます。

一方、リチウムバッテリーはクランキング中の電圧降下が浅く(9.4V止まり)、クランキング後はほぼ即時に13.6Vへ回復しました。内部抵抗が極めて低いため、オルタネーターからの充電を瞬時に受け入れられるためです。

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02 7.2Vまで落ちると何が起きるか

現代の車には多数の電子制御ユニット(ECU)が搭載されており、それぞれに動作するための最低電圧があります。鉛バッテリーで記録された7.2Vという数値は、いくつかの重要なシステムの動作限界に近い、あるいは下回るレベルです。

エンジンECU
6〜8V
▲ ギリギリセーフ
ABS / ESC
8〜9V
✕ 危険域
エアバッグECU
9V前後
✕ 危険域
カメラ・レーダー
9〜10V
✕ 危険域
ナビ・オーディオ
8V前後
✕ 危険域
アイドリングストップ
9V以上推奨
✕ 誤検知リスク
“` エンジンをかける瞬間、バッテリーの電圧が一時的にガクッと下がります。この「下がり幅」が大きすぎると、ナビがリセットされたり、警告灯が一瞬点いたり、最悪の場合エラーコードが記録されることがあります。心当たりがある方は、バッテリーの劣化サインかもしれません。
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03 ISO規格との関係と「評価の空白」
ISO 16750-2 クランキング試験とは

車載電装品の電源耐性を定めた国際規格ISO 16750-2では、クランキング時の最低電圧として6.0V・最大500msという基準が定められています。この観点では、今回測定された7.2Vは「規格合格」です。

しかし、ここに構造的な問題がある ISO 16750-2はあくまで「部品単体」の耐性試験です。現代の車ではECU・ABS・エアバッグ・ADAS・カメラなど、すべての電子部品が同時に同じ電圧低下にさらされます。部品単体では合格でも、システム全体として安全かどうかは別の問題です。
CCA評価では見えない現象

バッテリー自体の評価規格であるCCA(コールドクランキングアンペア)は「どれだけ大電流を流せるか」を評価するもので、クランキング時の電圧降下波形は測定対象ではありません。CCA合格バッテリーであっても、クランキング中の電圧が大きく落ちている場合があります。

今回の測定が示した「クランキング時の電圧降下波形」は、既存の規格の空白に位置します。クランキング電圧降下波形そのものを評価する規格が現状存在しないことは、多重電子制御が進む現代車において、安全評価上の空白ではないか——これが今回の実測から生まれる重要な問いです。

04 なぜリチウムバッテリーは有利なのか

リチウムバッテリーが鉛バッテリーに比べてクランキング時の電圧降下が小さい理由は、内部抵抗の低さにあります。電池は大電流を流すとき、内部抵抗によって自分自身の電圧を下げてしまいます。リチウムバッテリーはこの内部抵抗が非常に小さいため、大電流を流しても電圧が大きく落ちません。

わかりやすいたとえ 細いホース(鉛)と太いホース(リチウム)で同じ量の水(電流)を流すイメージです。細いホースでは水圧(電圧)が大きく下がりますが、太いホースなら水圧をほぼ維持できます。
「始動後の電圧回復」も見逃せない

今回の測定で特に注目すべき点は、クランキング後の回復挙動です。鉛バッテリーはエンジン始動後も11.4Vに留まる時間帯が確認されました。オルタネーターが充電を始めても、内部抵抗の高い鉛バッテリーが電圧を引っ張り下げ続けるためです。

一方、リチウムバッテリーはクランキング直後に即座に13.6Vへ回復しました。エンジン始動後すぐに電装系が安定した電圧で動作できることを意味します。

重要な視点 鉛バッテリーの問題は「クランキング中だけ」ではありません。エンジン始動後もしばらく電装系に不安定な電圧を供給し続けるという点も、現代の多重電子制御車においては無視できないリスクです。
注意点:低温環境での性能低下

リチウムバッテリーは低温時に性能が大きく低下する特性があります。今回の測定は常温環境下でのものです。冬季・寒冷地では結果が異なる可能性があり、この点は追加検証が必要です。

05 まとめ

今回の実測データから、以下のことが明らかになりました。

  • リチウムバッテリーはクランキング時の電圧降下が鉛バッテリーより約1.4V小さく、始動性能において明確な優位性がある。
  • 鉛バッテリーで記録された7.2Vという最低電圧は、ABS・エアバッグ・ADAS等の動作限界に近く、現代の多重電子制御車においてリスク要因となりえる。
  • 鉛バッテリーはクランキング後も11.4Vに留まる時間帯があり、エンジン始動後もしばらく電装系に不安定な電圧を供給し続ける。リチウムバッテリーはクランキング直後に13.6Vへ即時回復し、この問題がない。
  • ISO 16750-2の規格上では「合格」であっても、部品単体試験と実車でのシステム全体の安全性は別問題であり、評価の空白が存在する。
  • CCA評価では見えない「クランキング時の電圧降下波形」を可視化することで、バッテリー性能の新たな評価軸を提示できる。
  • リチウムバッテリーは現代の多重ECU車における電圧安定性という観点で、構造的な優位性を持つ可能性がある。
今後の課題 低温環境下での同一測定、クランキング後のBMSノイズが電装品に与える影響の検証、そして複数車種・複数バッテリー個体での再現性確認が今後の課題です。